数学科は一体何をしているのか..........

[Abstract]

この記事では、数学科に所属している私が他学科によく聞かれる「数学科って何やってるの?」という質問に対する僕なりの考えを書いてみた。数学科(私が純粋数学専攻なのでそのことを念頭に置いている。)と他の理系学科との違いを主に書いている。主に数学以外の理系の方向け。

 

[本文]

まず、数学科がどのように見られているか考えてみる。google検索で「数学科」と打ち込んで、以下のようなキャッチーなものがあった。これを踏み台にして考えていきたい。

 

matome.naver.jp

 

corobuzz.com

 

リンクを貼ったサイトに書かれていることは大部分が極端な話だと思うが、「一冊の教科書を120時間かける」というtweetがあるけど、これはある

 

 

一般に、数学科生は、読んでる教科書にもよるが、1日1ページ進むか進まないかという日もあるくらい読むのが遅い。

 

 

(極端な話ではあるが、知り合いの心理学博士過程の院生に「教科書とか論文ってどれくらい読んだ?」と聞いたところ、「修士の頃は論文を一年で50報は読んだなあ」と言っていた。普通の数学科修士過程の人がこれをやるのは不可能だろう。)

 

 

数学科とそれ以外の学科では論文や教科書の読むスピードが概ね異なる。これには理由があって、数学の場合、高校の頃の教科書のように行間がきちんと埋められていないということと、専門用語が抽象的すぎて理解しがたい、ということが挙げられる。

 

 

前半の行間が埋められていないというのを具体例で考えてみる。例えば、以下のように教科書では記述されていたとする。

 

 

よって、{w_k}はL^2のコーシー列となる。したがって、

 

あるw ¥in L^2 ; w_k ¥to w in L^2.

 

となる。

 (堤誉志雄著 偏微分方程式論p56より引用)

 

ここでは、コーシー列だから収束して、収束先がL^2内に存在すると述べているわけだけども、「なぜ収束するのか、なぜ収束先がL^2内にあるのか」という説明が抜けている(本来この部分は読者が説明できなければならない)。

 

 

 

証明の最中の主張と主張の間にある論理の飛躍を「行間」というが、これに気づいて説明できるようになるためにいろんな本を参考にしたり具体例を考えたりなどをしているとあっという間に時間過ぎてしまう。

 

 

 

ここでは数学では教科書の行間に隠されている主張をきちんと説明することが重要だと述べた。一方、「きちんと」説明するからには、使われる用語は厳密に定義されている必要がある。

 

 

 

そこで、後半の定義の厳密さと抽象度の高さについては今度の記事で述べていきたい。

 

 

  •  おまけ

本文で紹介するのが面倒になってしまったので、あとはQ&A形式で答える。

 

Q.数学科の人って好きな素数ってあるんでしょ?

A.ない。何か特定の素数が気に入っている人は、数学科と言うより情報系など応用系の人たちに多い気がする。数学科の場合、特定の素数というより素数一般が持っている性質に興味があると思う。

 

Q.「n杯飲めてn+1杯飲めないわけがない、はい帰納法」って飲み会のコールあるんでしょ?

A.ない。そもそもn杯飲めてもn+1杯飲めるとは限らない。ちなみに、飲み会において「俺酒加算回飲めるから」というのは実際聞いたことある。どこにでも勇者はいるものである。

 

Q.「写真撮るとき、1+1は〜?」って聞かれて定義不足とか言っちゃうんでしょ?

A.ない。というかピースしてくれない。ちなみに、学内で移動中に石につまづいたとき、「こんなところに特異点があったか。」と言った知人はいた。

 

Q.ベクトルを太字で書かないの?

A.僕は気づいたら太字で書いてなかった。太字で書かない教科書は多い。

 

Q.数学科の人って5次元とか見えるんでしょ?

A.大半の人間には見えないが、一部見える人はいるらしい。私の指導教員の話であれば、博論提出直前は忙しすぎて4次元まで見えたらしい。他にも代数幾何のある教員に研究の話を聞きに行ったら、「4次元までなら見えるんですけどね〜5次元はちょっとね。。。(笑)」と言っていた。わけわからん。ちなみに、この教員は「微分幾何とか位相幾何の問題の多くは代数幾何に帰着されるんだよね。だから代数幾何以外いらなくね(笑)」みたいなことを言っていた気がする。ちびりそうになった。さすがにいるだろ。

 

 

 

こうしてみてみると、数学科以外の人間がこの手の神話を作り出しているのではないかと思えてきた。

 

 

深夜アニメはこんなに増えたのに仕事にありつけないのか。。。書評「声優魂」

深夜アニメをよく見るので、作品を作ってる人はどういう人たちなのか興味を持ったので、今回はアニメ業界でも花形?の声優についての本を選んでみた。

 

1.あらすじ

声優業界がどれほど大変な現場なのかをベテラン声優の大塚明夫が解説していく形式の本。具体的に言うと、声優業で食っていけるのは、ほんの一握りなので余程の理由がない限り会社員として働いたほうがずっとマシ(声優の給与体系についてもきちんと記述されている)。夢見がちな若手が多く参入してくるが、声優で食べていくには圧倒的才能と運が絶対に必要であり、大半の人が消えていく。給与も満足に貰えず、仕事を続けることができるという保証もないので、この業界に不満を抱いてやめて行ってしまう人も少なくない、いわゆる、ハイリスク・ローリターンな仕事。一方で、数少ない機会(オーディションやアフレコ本番)できちんとした成果を出すには自分1人で技術を磨き続けることが重要。しかし、技術を磨くにもベテラン声優と出会う機会が少ないので、技術の伝承が少ない。故に、センスのない人はいつまでもアレ、センスある人は自分の改善点に気づき勝手に伸びていく、という現場。台本を読むのにもきちんと行間を読めて表現できるひとが求められている(著者いわくこれはすごく難しいらしい)。

 

 

何がどう大変なのかいくつか項目ごとに考えてみた。

 

 

 

2.養成所の授業料

 

著書には必ずしも養成所に入る必要はない、という旨が記載されていたが、実際はこのルートに乗る人がほとんどだと思う。養成所に通うのにもお金はかかる。

 

そこで、大手声優プロダクションのおよその年間費用を調べてみると、養成所によってもずいぶん異なるが、入学金と授業料だけで、年間60~100万円ほどかかることが分かった 。ただしマウスプロだけはほかの養成所よりもずっと安い。*1 *2*3*4*5

 

これくらいの金額であれば、高校や専門学校を卒業した後でもバイトや派遣などをして稼げそうではある。*6コンビニバイトで考えれば、時給900-1000円程度なので、最低でも年間600-700時間程度をバイトに割くことになる。もちろん、親からの援助、養成所の奨学金等を得られればもっと安くなる。

 

3.給料

 

声優の給料というのは、実は声優自身の「ランク」によって決まる。著書には次のような記載がある。

 

「声優業界には、協同組合日本俳優連合(日俳連)が定めた「ランク」という制度があり、日俳連に登録している声優はこの規定に沿ったギャランティをもらっています。」(本書 p24 l6-l7より引用)

 

このランクという制度は、声優をランク付けし、給料の目安にするというものです。1番下のランクは、15000円/30分であり、そこからランクが一つ上がるごとに1000円ずつ上がります。ランクの上限は45000円/30分であり、それ以上はフリーランクという扱いになるそう。

 

フリーランクの場合、番組一本ごとに給料を制作側と交渉して決めるそうです。新人の場合、15000円なので、毎週出ると1クールあたり18万になります。1クールはおよそ3ヶ月なので、主人公クラスの役を演じても、月収6万です。めちゃ少ない。

 

終わりに

マウスプロモーション付属の養成所のHPにはQ&Aのページがある。その中に「Q.9 応募前に心得ておくことはありますか」という質問があってこの回答が面白い。個人的には本当に親切な養成所だなと思う。

 

声優魂 (星海社新書)

声優魂 (星海社新書)

 

 

 

*1:81プロの養成所はこれ入所案内/資料請求 81ACTOR'S STUDIO

*2:マウスプロの養成所はこれhttps://mausu.net/school/fee.html

*3:青二プロの養成所はこれwww.edu-pa.net

*4:募集要項・申込|SIGMA SEVEN声優養成所

*5:代々木アニメーションはこちら学費/受講料納入方法 | 声優・アニメ専門の学校代々木アニメーション学院

*6:正社員として働けばもっと楽だろうが、声優志望者で正社員として働く人は少数であろうと仮定している。

確率分布の期待値や分散をどのように推定するか?パラメータ推定のお話。

植物の種子数や工場の不良品数などのデータが与えられていて、「そのデータは何かしらの分布になっているのではないか」と考えたくなるような場合、まずその分布の期待値や分散が分かると非常にうれしいです。その際に用いられる手法に「モーメント法」と「最尤推定法」というのがあります。

 

1.モーメント法とは?

モーメント法とは、以前、二項定理の期待値を計算するときに用いたモーメントを使って確率分布の未知のパラメータを推定する手法です。一般的に定式化すると以下のようになります。

 

母集団が未知の母数{\theta_1,...,\theta_n}を持つ母集団分布に従うとする。この分布に従う確率変数をXとし、{\mu_j =E(X^j)}(これがモーメント)を考える。

 

       {\mu_j=g_j(\theta_1,...,\theta_k), 1≦j≦k}

 

として表せる。つまり各モーメントは未知の母数(期待値や分散など)を用いて表す。

 また、標本{X_j(1≦j≦n)}から求めた標本モーメントを

                                    

                         {\hat{\mu_j}= \sum_{i=1}^n {X_i}^j}

 

とし、母モーメント=標本モーメントとして未知の母数を含む方程式を解く。(基礎統計学統計学入門p216を参考にした。)

このままでは一般的すぎるので具体例を示してみます。

 

1.1母集団分布が正規分布{N(\mu,{\sigma}^2)}のとき 

 二項分布の母モーメントは、

                                  {\mu_1=\mu,\mu_2={\sigma}^2+{\mu}^2}

である。また標本から、

               {\hat{\mu_j}= \sum_{i=1}^n {X_i}^j, j=1,2}

で、推定する。母モーメント=標本モーメントとすれば、

{\hat{\mu_1}= \sum_{i=1}^n {X_i}= \mu}

{\hat{\sigma} }

={ \hat{\mu_2}-{\mu}^2 }

={ \sum_{i=1}^n \frac{{X_i}^2} {n}-{\overline X}^2 }

={ \sum_{i=1}^n \frac{(X_i-\overline{X})^2}{n}}

 となります。

 2.最尤推定法とはどのような手法か?

n:標本の大きさ、{\theta:母集団の母数}、f:確率密度関数、として、

                            {L(\theta)=\prod_{i=1}^n f(x_i,\theta)}

{L(\theta)}を定義しこれを尤度関数(likelihood function)といいます。この尤度関数を最大にする{\theta}求める手法を最尤推定といいます。さらに、母集団の母数がk個のときも同様にして尤度関数を

                {L(\theta_1,...,\theta_k)=\prod_{i=1}^n f(x_i;\theta_1,...,\theta_k)}

と定めます。最尤推定法を通して得られた母数のことを最尤推定値、その時の尤度関数を最尤推定量といいます。

 ところが、尤度関数をそのまま最大にしようとすると数学的な処理が面倒な場合が多いので対数をとることがしばしばあります。尤度関数の対数をとったものを対数尤度関数と言います。

2.1 最尤推定法の計算法は

では最尤推定法とはどのように使えばよいのでしょうか?今回も正規分布{N(\mu,{\sigma}^2)}を用いて最尤推定値を求めてみます。サンプルの数はn個で同一の正規分布に従う独立なものとします。すると尤度関数は、

 {L(\mu,{\sigma}^2) }

={(\frac{1}{\sqrt{2\pi} \sigma}) ^ne^{-\frac{1}{2{\sigma}^2} \sum_{i=1}^n (x_i-\mu)^2 }}

となるので両辺の対数をとり各母数で偏微分します。すると、

 {\frac{\partial logL(\mu,{\sigma}^2)} {\partial {\mu}}}

=\sum_{i=1}^n {\frac {x_i-\mu}{{\sigma}^2} }…① 

 {\frac{\partial logL(\mu,{\sigma}^2)} {\partial {(\sigma)}^2}}

={ \sum_{i=1}^n \frac{(X_i-\mu)^2}{2 {\sigma}^4 } - \frac {n}{2{\sigma}^2} }…②

 となる。あとは①②の右辺を0と置いて{\mu,{\sigma}^2}について解けば、期待値や分散の最尤推定量は、 

{ \hat{\mu}= \sum_{i=1}^n X_i/n, {\hat{\sigma}}^2=  \sum_{i=1}^n (X_i - {\overline X})^2/n}

となります。

統計学入門 ~二項分布について~


こんばんは。あいびすです。プログラミング言語Rと統計学を勉強中なのでその勉強過程のメモとして、今回から統計学入門についての記事を更新していこうかなと思います。初回は二項分布について焦点を当てていきたいと思います。

1.そもそも二項分布とは?
確率統計の教科書には確率分布の項の最初に出てくる離散的な確率分布のうちの1つです。統計学の教科書には次のような説明がなされています。

二項分布とは、2種類の事象A,Bがありそれぞれの出現確率をp,1-pとし、同じ条件で独立にn回繰り返す試行を考えます(この試行をベルヌーイ試行という。)。kをAの出現回数、n-kをBの出現回数とします。このときAがn回中k回起きる確率f(x)は以下のように表されます。

{ \displaystyle
 f(x)={}_n C _k p^k(1-p)^{n-k}
}

この確率分布のことを 二項分布(binomial distribution)*1 という。

例えば、コインを10回投げてそのうち表が出る回数をk、表の出る確率を(1/2)としたとき、

{ \displaystyle
 {}_{10} C _k (\frac{1}{2})^k(\frac{1}{2})^{n-k}
}

となりkの値によって表の出る確率が変化します。ではどのように変化していくかグラフを書いて確認してみましょう。プログラミング言語Rのコンソール画面で、

> x<-0:10
> plot(x,dbinom(x,10,0.5), type="h", lwd=5, col="tomato1",xlab="表の出た回数", ylab="表の出る確率", cex.lab=1, cex.main=2)

と入力すればこの例の二項分布のグラフが出てくるはずです。

f:id:bislogyaruka:20160330113321p:plain

2.そもそもなぜ二項分布なんて考えるの?
 二項分布はポアソン分布や正規分布といった統計で重要な確率分布を導くことができます(導出の過程は今回説明しません)。これらの分布は、めったに起こらない事象の確率(交通事故の件数や台風など)を記述したり、学力試験の偏差値を割り出すのに用いられています。加えて、二項分布に従う乱数「二項乱数」も発生させることができます。
 また、二項分布のパラメータpを変化させることで、ポアソン分布や正規分布に似てくることが分かります。

3.二項分布の重要な情報は?
確率分布を理解するうえで重要なものは、期待値と分散*2です。よってこれらを求めていきます。導出方法は2通りがあります。定義に基づき計算する方法とモーメント母関数を用いる方法です。まずは、定義通り計算してみます。

①定義通り求める。
期待値{\mu}、分散{{\sigma}^2}を定義にしたがって求めます。

{\mu}
={\sum_{k=0}^n k  {}_n C _k p^k(1-p)^{n-k}}
={np\sum_{k=1}^n \frac{(n-1)!}{(k-1)!(n-k)!} p^{k-1}(1-p)^{n-k}}
={np(p+(1-p))^{n-1}}=np

V[X]
={E(X-\mu)^2}
={E(X^2)-2\mu E(X)+E(X)^2}
={E(X^2)-E(X)^2}

となります。

{r {}_{n} C _{r}=n {}_{n-1} C _{r-1}},{\sum_{k=0}^n (p+(1-p))^k =1}

に注意して

{E(X^2)}
={\sum_{k=0}^n k^2  {}_n C _k p^k(1-p)^{n-k}}
={np\sum_{k=1}^n k  {}_{n-1} C _{k-1} p^{k-1}(1-p)^{n-k}}
={np\sum_{k=1}^n (k-1){}_{n-1} C _{k-1}p^{k-1}(1-p)^{n-k}+np\sum_{k=1}^n {}_{n-1} C _{k-1}p^{k-1}(1-p)^{n-k}}
={np^2\sum_{k=2}^n (n-1){}_{n-2} C _{k-2}p^{k-2}(1-p)^{n-k}+np\sum_{k=1}^n {}_{n-1} C _{k-1} p^{k-1}(1-p)^{n-k}}
={n(n-1)p^2+np}

となり、V(X)=np(1-p)となります。

いかがでしょうか。非常にめんどくさいですよね。ここでこの計算を簡単にする方法があります。

②モーメント母関数を使う。

モーメント母関数とは、{M_X(t)=E(e^{tX})}で定義される関数のことです。この関数で期待値や分散が求めることができることを確認してみます。

{e^{tX}=1+tX+(tX)^2/2!+…}

となり両辺の期待値をとると、

{E(e^{tX})=1+tE(X)+t^2E(X^2)+…}

となります。ここで、

{\mu_i=E(X^i)}

とします。上の式の両辺を微分して、t=0を代入して整理すると、

{E(X)=\mu_1}=M_X'(0),V(X)=M_X"(0)-M_X'(0)^2

となり形式的な計算で求めることができるようになります。実際、二項分布の期待値と分散をモーメント母関数を用いて求めると以下のようになります。

{M_X(t)}
={E(e^{tX})}
={\sum_{x=0}^n e^{tx} {}_{n} C _{k}p^k(1-p)^{n-k}}
={\sum_{x=0}^n {}_{n} C _{k}(pe^t)^k (1-p)^{n-k} }
={(pe^t+(1-p))^n}

となります。このモーメント母関数を計算すれば期待値と分散の値が出せます。

本稿まとめ

・二項分布は、コイン投げなど事象の種類が2つのときにしばしば使用される。
・確率分布の期待値や分散を求めるには、定義通り計算する方法モーメント母関数を求める方法の2通りがある。

・(二項分布のとき)定義通り計算するのは少し技巧的

*1:ベルヌーイ分布ともいう。

*2:ちなみにコーシー分布は期待値が存在しない。

ラノベはテンプレばかりじゃない! 書評 至道流星著 「羽月莉音の帝国」

こんばんは。あいびすです。

昨今すごい数のラノベが出版されていますよね。アニメ化なんかもされて最近だとこれ*1とかこれ*2が有名でしたね。撮り溜めしているだけですが。

 

そんな中で今日は一風変わった*3ものを紹介したいと思います。今回紹介するのは、「羽月莉音の帝国」です。

 

羽月莉音の帝国 (ガガガ文庫)

羽月莉音の帝国 (ガガガ文庫)

 

 

・表紙であなどるな

 ラノベってだいたい表紙で判断されがちですが、この本の内容自体はいたってまじめで、国を作るという目的のために会社を設立し資金を集めていくというものです。コーポレートファイナンスや財務など金融の知識が飛び交うので、経営・商学系の勉強をしている人にとってはかなり親しみやすいのではないでしょうか。例えば、株式公開について

 

また、株式公開のためには、会社の実像を客観的に世間に開示するため、「監査法人」と言われる会計専門の会社に調査を依頼しなくてはならない。この監査法人に会計監査(会計業務や調査業務)を依頼して、それから最低でも二期(一期は普通一年間と考えてよいが、株主総会で決算日を変えると期間は変わる)の決算を経てから、はじめて株式公開の最低基準に乗るわけである。(本書p317 L14~L18より引用)

と記述されています。こういった小説を書くにあたって相当量の勉強をしたのではないかと思います。もちろんここ以外にも専門用語や 金融論の知識はたくさん出てくるが。

 

 ・企業の趨勢について捉えられている。

会計・財務・経営の知識が無に等しい僕でもなんとなく察するのが、「会社ってライバルいたら大変だよなあ。」です。そういった競合との関係や競争に勝てない会社がどうなってしまうのか、といったことにもポイントがあてられています。本書の場合、倒産すれすれの会社を買収する際に、その会社に訪問し内部事情を聴きだす描写でこんなのものがあります。

 

一〇年前、中国の会社と業務提携して、中国へ技術移転したんだ。そのころはよかった、うん。だけど、技術移転先の会社が力をつけちゃってね。結局、その提携先と決裂というか……契約の更新ができなくて……。うちは急きょ、別の中国メーカーと提携したんだけど、強力なライバルが誕生しちゃったってわけさ。(本書p342 L1~L4より引用)

 

 実際の日本企業が今直面している問題がそのまま小説になっているようなものではないか!

 

このようにガチで実務的な部分が描かれている。読んでて普通に面白い。また、実在する企業が登場する(新日鉄三菱UFJ等)のでリアリティがあると思います。

 

以下は本書の章立て

 

序章

第一章 建国しようぜ

第二章 株式会社革命部、創設

第三章 スタートアップ

第四章 アップステージ

第五章 ミドルステージ

第六章 株式公開

 

*1:http://asterisk-war.com/

*2:http://www.ittoshura.com/

*3:正直、ラノベほとんど読まないのでこういうものが多いかどうかわからない。

僕も受験の頃にこういう知識があれば良かった…書評「外国語学習の科学 第二言語習得論とは何か」

 こんばんは。この夏、海外からの人たちが集まるワークショップに私は参加するので、英語の勉強に本腰を入れようと思ってamazonでよさげな本を探していたところ、今回紹介する本の評判がよかったのでぽちってみました。

 

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

 

 

この本では英語学習を第二言語習得論という言語学の研究分野からの知見をもとに解説しています。第2言語習得論とは、母国語を習得した人が外国語を習得するにはどのようなプロセスを経るのかを研究する分野です。

 

語を日本人が習得するのはかなり難しい

 

大学に入ると多くの学生は第2外国語(フランス語、ドイツ語、中国語等)を学ぶと思うのですが、その時たびたび聞くのが「中国語や韓国語は日本語に似てるから欧州の言語に比して習得しやすい」という噂です。この噂は、第2言語習得論において、より一般的なテーマ「言語間の距離」で議論されており、例えば本書によれば英語を母語とする人が習得するのが最も難しい言語は、中国語や日本語など東アジアの言語であり、最もやさしい言語はフランス語やドイツ語など欧州の言語です。これは、文法や単語、発音などが似通っている部分が多いほど、母国語の知識を転用しやすいからだと考えられています。日本語と英語は母国語の知識を転用できる部分がほとんどないため日本人にとっては難しく感じるそうです。

 

・外国語を習得するのは若いほうが有利か。 

 

英会話スクールに自分の子供を入れるのが私が小学校の頃に流行っており、その理由として当時挙げられていたのが、「小さいころに英語を勉強したほうが身に付きやすい」というものでした。また、海外に赴任した人の場合、一番英語が上手に使えるのが自分の子供だった、という話もチラホラ聞くかと思います。このように、ある時期を境に外国語の学習が不可能になるという仮説を臨界期仮説と言います。しかし、この臨界期仮説に関してよくわかっていない部分が多いとのことです。実際、本書でも

 

ここで注意しておかなければならないのは、学習年齢が成否に強い影響をあたえる、ということについては、研究者の間で意見が一致していますが、臨界期仮説というものが実際にあるのか、またあるとすればそれが何歳くらいなのか、ということについては、まだ合意がないということです。(本書p32 L1~L4より引用)

 

と書かれています。本書の第2章では、このような臨界期仮説にまつわる論争について述べられています。

 

以下は本書の章立てです。

1、母語を基礎に外国語は習得される

2、なぜ子供はことばが習得できるのかー「臨界期仮説」を考える

3、どんな学習者が外国語学習に成功するかー個人差と動機づけの問題

4、外国語学習のメカニズムー言語はルールでは割り切れない

5、外国語を身につけるためにー第二言語習得論の成果をどう生かすか

6、効果的な外国語学習法

書評 神取道宏著 「ミクロ経済学の力」

ブログを更新するのがかなり久しぶりになってしまいましたが、決して面倒になっていたわけではありません!ちょっと息抜きしてただけです(笑)

 

今回紹介するのは、神取道宏著「ミクロ経済学の力」です。

 

この本の評判を経済学研究者や経済学専攻の大学(院)生からしばしば聞くのでどんな本なのか手に取ってみたら、理論と具体例の橋渡しが非常にうまい!という印象を受けました。きちんと「なぜそのような道具を考えるのか」という動機づけの部分が説明されています。また数学が苦手な方に対しても配慮されており、前提知識は簡単な微分(数Ⅱくらい)などがあれば、高校生でも読めるような内容で、独習しやすい教科書だなと思います。一応カバーしている範囲は大学院初級くらいまでだそうです。

 

最新の時事問題を事例に扱っているのも魅力的な点だと思います。例えば、TPPに同意するとコメの値段にどの程度影響するのか、震災で電力会社が補償すべき賠償額はどのようにして決めたらよいか、など机上の空論として考えられがちなミクロ経済学が現実の問題に対処するためにどういう手法をとれるのか、について詳しく言及していると思います。

 

僕が個人的に興味を持ったのは、東北電力の費用曲線を有価証券報告書から導出している点です。理論上の道具を実際の事例に当てはめて分析する教科書って、僕も図書館にこもって探しましたが見当たらなかったので、非常に珍しいと思いました。著者もそういった書籍を見たことがない本文中で述べています。

 

ただ500ページ以上あるので、勇気がいるかもしれません(数学の専門書だったら絶対に読み終わらない…)。経済学徒だけでなく、経済学に興味があんまりない方でもこの本を少し読んでいけば、時事問題に興味が出るかと思います。僕もどうして大半の経済学者が軽減税率に反対しているのか知りませんでしたが、この本読んで少し理解できたかなと思います。

 

ミクロ経済学の力

ミクロ経済学の力